HOMEJSCAアーカイブス計算書偽造事件と構造設計者の職能について 2005.11.28

計算書偽造事件と構造設計者の職能について

(社)日本建築構造技術者協会
広報委員会特別検討チーム

今回の構造計算書偽造は、構造設計者として憤りを感じるだけでなく、悲しみを覚える事件です。構造設計者は真摯に設計を行い、建物の安全性をはじめとした質の確保に真面目に取り組んでいますが、今回の報道で、私たちの職能がいかに社会に理解されていなかったかを改めて理解しました。そしてこの事件をきっかけとしてさらに新たな誤解が広がることを懸念しています。

建築物の安全性には、専門知識に裏付けられた構造設計者の適切な判断と責任ある活動が不可欠です。それについて皆様にもご理解いただければと思います。


1.構造設計者の役割と
  (社)日本建築構造技術者協会(JSCA)

建物は建築主の財産であるとともに社会資本でもあり、それぞれに相応しい機能や美しさを必要とし、さらに安全で高い耐久性や経済性なども重要です。わたしたち構造設計者の第一義的な役割は、想定される外力に対して建物が安全・安心に使用できるように、外力に耐える骨組を作ることですが、そのためには計画の初期段階から参画し、建物の完成までのさまざまな局面で重要な判断をくだす必要があります。単にコンピュータにデータをインプットすれば答えは自動的に出てきて、それが構造設計のすべてだという誤解もあるようですが、コンピュータはあくまで検証のための道具に過ぎません。専門知識と経験をベースに外力の設定・材料の選定・構造種別の設定・骨組形式の決定等多くのことを構造設計者は判断する必要がありますが、その判断基準は、建築主の意向、建築設計者・設備設計者の意向、機能性、経済性、施工性、品質、街としての景観、耐久性など多くの項目があります。建築基準法などに定められた規定を守るだけでなく、構造設計者としての必要な判断を加えることで安全に安心して利用できる建物を計画し、その計画に基づき設計を行い、計算によって安全性を確認し、結果を図面や計算書としてまとめ、設計通りに施工されるよう監理する、これが私たち構造設計者の仕事です。


(社)日本建築構造技術者協会は我が国で唯一の建築構造設計監理を専門に携わる者の協会であり、活動の一環として「建築構造士」の自主認定制度を作っています。「建築構造士」は、豊富な経験と深い見識から生まれる的確な技術と判断力により構造設計と監理を行い得ると協会が判断した者に与える資格で、5年ごとの更新性となっています。法的な位置づけはありませんが、信頼できる設計者を明らかにすることにより、安全な建築を求める社会の要請に応えることを目的とした制度です。


2.建築士法上の役割

建築基準法第1条では、「この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もって公共の福祉の増進に資することを目的とする。」と謳われております。また同法20条ではその手段として政令で定める技術基準を満足させることや、政令で定める構造計算を行うことが義務づけられています。構造設計を行なうにあたっては、これらの法令に従うことが義務となるわけです。

一方、建築士法第1条では「この法律は、建築物の設計、工事監理等を行う技術者の資格を定めて、その業務の適正をはかり、もって建築物の質の向上に寄与させることを目的とする。」とあり、同法第3条では一定規模以上の建物は建築士でなければ設計ができないと定めています。法的な立場では一つの建築に対しての建築士は1名であり、通常は建築設計者となりますので、この建築士が構造、設備の全てにわたっての法的な設計者となるわけです。

現在ではほとんどの建築において、建築設計者とともに構造設計者設備設計者が協力して設計を進め、それぞれの専門分野をカバーしています。構造設計や構造計算は、構造設計者が主体となって行なう業務ですが、法的には位置づけられていないことになります。極端な言い方をすると、建築士で無くても、また、構造的な判断力や見識が無い者でも構造計算や構造設計を行えることになります。建築、構造、設備それぞれの責任者を明確にした書類を発注者に提出することはありますが、法的には届け出た建築士が設計したことになり、確認申請が認可されることにより、構造設計に関しても基準法を満たしていることになるわけです。人間の生命や社会資本を守る重要な役割を担っている構造設計者に、建築士法的には何の資格も、ましてや権限も責任も無いことが実状です。誰が責任を持って構造設計したのかが位置づけられる仕組みとなっていないことは大きな問題だと考えられます。


3.構造設計の手順

さまざまな条件を満たす最適な骨組を考えていく作業の全体を構造設計と呼びます。それによって決まった部材が、重力や地震力などの想定される荷重に対して安全かどうかを確認する作業を構造計算といい、それを書面にまとめたものが構造計算書です。また、構造設計・構造計算の結果を反映して実際の工事の元になる図面にしたものを構造設計図といいます。構造計算は構造設計の一部分の作業であり、骨組を計画することや構造計算の結果を見て骨組を決定することなど、計算以外にさまざまな検討や判断が必要となります。的確な検討や判断は構造設計者の幅広い専門領域の知識や技量、経験、倫理観が必要です。


構造設計作業のステップを追うと一般的には次のようになります。

ただし現実には、建築設計事務所との関係の中でこの流れ全体にかかわることなく、一部の作業を下請けとして委嘱されているケースも多く見受けられます。建物の安全性確保のためには、こうした仕事の受託体制も見直して行く必要があります。


A.構造基本計画

構造計画では建築主の意向を確認し、建築設計・設備設計との打合せを基にどのような建物を作るか、概略のプランを作成しどのような構造形式を採用するか、また耐震性能などのグレード目標をどこにおくかなど、計画全体の大きな方向性を決めながら構造の概略の方針を決定します。

B.構造基本設計

建築計画に見合った骨組の形式や構造材料を決め、要求される空間の構成や素材感、耐久性レベル、居住性能、部材の大きさ、部材接合部の方式等についても概略決定します。この段階では経験のある構造設計者ならコンピュータの解析なく計画を行うことも可能ですが、多くの場合はコンピュータを用いて、計画の方向性に大きな間違いがないか確認します。基本計画と基本設計は、明確な区別なく一緒に行なわれることもあります。

C.構造実施設計

構造基本計画を基に実施設計を行います。実施設計では詳細な計算を行い、仮定した部材の安全性を検証します。構造計算では建物の特性に合せ、手計算を始めコンピュータ等を利用して計算を行います。コンピュータの利用に関しては、大臣認定による一貫計算認定プログラムや各種の応力計算プログラム、断面算定プログラム等、必要に応じて使い分けています。これらの結果を書面にまとめたものが構造計算書です。

また、最終的な柱、梁、壁の位置やそれぞれの大きさなどを図面にまとめたものが構造設計図で、これも実施設計段階で作成します。工事はこの実施設計図や仕様書などを含めた設計図書にしたがって行われます。

D.現場監理

工事が設計図どおり行われているかの確認や、場合によっては現場における変更への対応を行います。各種検査などをおこない、建物の品質確保を目指します。


4.構造計算プログラムについて

構造計算は、荷重の計算、骨組の応力計算、断面の強度計算という三つの内容に分かれています。かつては、電卓を用いて計算が行われており、途中の計算過程を手書きでまとめて計算書が作らましたが、コンピュータの発達により少しずつコンピュータを利用した計算法に移行してきました。プログラムの利用形態はさまざまであり、荷重の計算や断面の計算は手計算で行い、骨組の応力計算の部分だけをコンピュータのプログラムを使うということも行なわれていますし、全ての計算にプログラムを使用することもあります。

今回の事件で話題となっている「認定プログラム」は、骨組のデータを全て入力すると、荷重計算、応力計算、断面の強度計算までを一括して行うもので、定められた運用方法を守ることを条件として国土交通省で認可されたものです。このプログラムを使用した場合には途中の計算過程の表示を省略できることができます。手計算に比べると時間は短縮できますが、途中の過程を意識しなくても計算ができてしまうためブラックボックス化しているとの危惧も指摘されています。

例えば、柱や梁はボリュームのあるもので、それらが交点の接合部で一体化され、さらに壁や床が取り付いていますが、通常の構造計算では柱や梁は棒状のものと仮定され、壁や床についてはいくつかのモデル化の方法があります。計算はさまざまな条件の下で行なわれ、モデル化したものに対する検討ですから、モデル化が適切なものでなければ、正しい構造計算はできません。コンピュータが自動的に設計をするわけではありませんから、プログラムの扱いには慎重を期し、責任ある構造設計者の適切な判断が重要なポイントになります。


5.提言

今回の事件については、それぞれのお立場でご意見がおありだと思います。私たち構造設計者は、職能が社会に正しく認知されることを切に望んでいますが、一方で自らを厳しく律し、これまで以上に責任ある仕事を行うよう、日々の努力を続けなくてはなりません。仕事の受注体制やコスト競争などの厳しい状況に負けず、モラルを維持しよい仕事を続けたいと思います。

この記事をご覧になった皆様、今回の事件では構造設計者の職能を脅かす厳しい現実を見せつけられました。しかしこれをひとつの契機として、我々は前向きなアクションを起こしたいと思います。いろいろなご意見をお聞かせください。いただいたご意見を基に緊急集会などへつなげていけると良いと考えています。



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