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写真-2 1F内観(※) |
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写真-3 外観(※) |
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写真-4 5F内観(※) |
城所 竜太(きどころ りゅうた)
外観のプロポーションからは、銀座では見慣れた細長い敷地をそのまま高さ方向に立体化したビルのようであるが、この“箱”を開けてみると様々な工夫が盛り込まれた建築コンセプトがあり、それに伴った多様な技術が存在する。各ブランドへとダイレクトに移動する7基のエレベーター、幅8mの最大4層をスパンする開閉式外壁(ガラスシャッター)、時計の振り子をイメージした動く床で地震力の低減を図る構造システムなど動くパーツが多く、メカニカルなところはいかにも時計メーカーの海外本社ビルらしい。さらに、遠くから人目を引く、屋上に緩やかにうねるオブジェ、これは実は構造架構を兼ねた屋根である。このような要素を含む大胆とまで言える建築コンセプトに加わり、スウォッチグループの高い耐震性能要求、この二つの要因を融合させ、解決することが構造設計の大きな課題となった。
Nicolas G. Hayek Centerで採用された新しい試みの一つに、新種の質量型制震工法、Self Mass Damper(SMD)システムがある。これは上層部の床組を部分的に主体構造から切り離し、床の自重(self mass)を重りとして利用するマスダンパーシステムである。計画時においては他の装置・システムなどの模索から始まったが、結局マスダンパー型の装置が有効であり、かつ建築計画的にも最も適切であった。最終的には振り子とは異なったものとなったが、SMDシステムの採用により地震応答が大幅に低減され、施主の高い耐震性能要求に応える構造システムを実現することができた。
主体構造の基本は2.4mピッチに配置されているシンプルな鉄骨の門型フレームの連続体である。エレベーターが納まる寸法で、かつ短辺方向の大梁せいは多少余裕を見て600mmと決め(実際は耐震性能要求の上昇により余裕は消えたが)、そして合成デッキもスパンできる長さということで、コンペ時からこの構成が概に決定されていた。また、長辺側に並ぶ矩形断面の柱間は、植栽や収納およびシャフトスペースなどと、無駄がないように利用するコンセプトであった。ここで、一旦はとても無難な架構が形成されたようだが、ここから空間構成に合わせた大梁の抜き取りによる「門型崩し」作業が始まった。
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図-1 架構概念図 |
まずは外部空間を引き込む重要な役割である、1階から4階床下レベルまで続く店舗エリアのアトリウムの確保があった。2階と3階の大梁を途中で止め、先端を上部階から段々と吊ることになった。また、架構の検証と同時に施主との耐震クライテリアの協議が進んでおり、耐震性能の向上を望んでいることが明らかになりはじめていた。
そこで、建物の根元を強化するため、全体に対する「リブ材」のようなコアフレームをエレベーター周りに3ヶ所導入した。さらに、2階・3階で吊られている大梁の吊元を剛接とし、吊材を圧縮も受けられる80Φの丸鋼にして水平剛性の加算に多少効くような“半”ラーメン造を設ける手段をとった。これで、コアフレームと半ラーメンの水平力負担が7:3という割合で1階までのシステムが成り立った。また、上部階のアトリウムや後に決定したSMDシステムによる門型崩しの対応においても同じようなコアフレーム+門型のコンビネーションが役立った。図-1
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図-2 SMD階配置プラン |
コンペ時に提案されたアイディアの一つとして、古時計の振り子をイメージしたマスダンパー型制震構造があった。ここで重要な点は、風による微振動の制御と違い、大地震に対してマスダンパーを効かせるためには、膨大な質量が必要なことである。建物の周期とチューニングを行わないマスダンパーの特徴としては、質量が建物重量の5%でようやく使えそうな効果が見え始め、増加するにつれ徐々にマスダンパーというよりは中間層免震構造となり、マスダンパー重量=建物重量で完全に免震構造となる。例えば、本建物の10%の質量を追加する場合、直径4.6mの鉄球といった常識を超えるマスが必要であり、世の中に大地震に対する付加質量機構があまり見られない理由が分かる。ただし、我々は当初から質量を追加する概念はなく、自重をどう利用するか策をねっていた。
建築コンセプトのひとつとして、上部階には3層ごとにアトリウム空間が構成されており、外観からも「スーパーフレーム」的な表現となっていたため、この辺りの自重に目を付けた。エレベーターや主なシャフトスペースを避け、オフィス部分の床のみを主体構造から切り離し、この免震化された床の自重をマスダンパーとして利用した。図-2
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図-3 SMDシステム概念図 | 図-4-5 デバイス断面図 |
建物の上層部(9,10,12,13階)の床組を部分的に主体構造から切り離し、床の自重(self mass)をマスダンパーとして利用した、新種の質量型制震工法をSelf Mass Damper (SMD)システムと名づけた図-3。なお、本システムの概要は以下のようになっている。
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図-6 SMD ON-OFF比較 |
SMDシステムの効果は地震波および加力方向によるが、この制震工法により全方向の地震応答が低減されることが確認できた。傾向とし、応答が卓越する地震波に対して大幅な効果を発揮し、告示波八戸位相においてはベースシアーを37%低減した。図-6 その反面、強いパルス的な特性を有し、また建物の2次モードで共振するEl Centro波などでは減衰効果が限定的である。レベル2地震時でのSMDシステムと主体構造間の最大変位は、短辺方向147mm、長辺方向215mmに留まり、クリアランスをそれぞれ200mmと265mmに設定した。なお、SMDシステムと主体構造の瞬間的な加速度の差は最大で+200gal程度であるが、SMD床の加速度が主体構造より下回るケースも多く、ピーク加速度の差は平均で+14%であり、SMDシステムの安定された挙動が確認された。
最終的には振り子とは異なったものとなったが、SMDシステムの採用とリダンダンシーの高い架構計画の組合せにより、クライアントの耐震性能要求に応えつつ、斬新な建築コンセプトを尊重したものが実現した。
14階テラスに大きく張り出す屋根は、建物正面のファサードを認識できる位置よりだいぶ遠く、銀座中央通沿いの北側からも目に留まる「第二のファサード」である。写真-1竹カゴや麦藁帽子のように部材を「編む」イメージを期待されていたが、一方で耐火規定により木質系の材料は採用困難であることが判明していた。そこで各方向2層のスチールフラットバーを束材でつないだ重ね梁(微小なフィーレンディールトラス)を3方向に交差させる構造とした。
有機的な形状の屋根はコンペ案段階から存在し、既にいくつかの案が検討されていたが、その形状を最終決定するところから構造検討がスタートした。恣意的に作成した「不定形な曲線」ではなく、ここでは何らかの力学的操作で形状決定する方法(Form Finding)に挑んでみた。これにより、構造モデルの作成過程がそのまま架構ジオメトリの生成作業となったものである。
建物名称 | Nicolas G. Hayek Center(ニコラス・G・ハイエック センター) |
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所在地 | 東京都中央区銀座7-9-18 |
建築主 | スウォッチ グループ ジャパン |
設計者 | 坂茂建築設計 |
構造設計者 | Ove Arup and Partners Japan Limited |
施工者 | スルガコーポレーション、鹿島建設株式会社 |
規 模 | 建築面積 412.08m2 延床面積 5697.27m2 階 数 地上14階、地下2階 高 さ 55.9m |
構 造 | 鉄骨造 |
(※)印 写真撮影:Hiroyuki Hirai
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※掲載された記事は執筆当時の法令・技術情報に準拠して執筆されています。ご留意ください。