第29回業績賞
鈴木 裕美
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業績概要 |
古い建物のオーナーは耐震診断の結果や改修計画を聞くとき、病気の告知と同じで、元のまま安全にしてほしいと願う。そのため、単なる耐震改修ではなくオーナーに喜んでもらえる付加価値が必要になる。さらに、当時の設計者の思想に合致した改修計画ができたとき、その設計思想を後世に継承することができたといえる。我々はこのような耐震改修を「魅せる補強」と名付け構造設計者が中心となって多く残してきた。
例えば、「早稲田大学2 号館(図書館)」の場合、内藤多仲は創建時に「スチール・スタック・システムは鉄骨に依って組み立て、其の鉄柱に書籍及床の荷重を背負はしめたる堅牢な構造で蔵書の収容量の増大がはかれる」と示し書棚と構造体の一体化を図っている。その思想を継承して書棚となる鋼板補強構面を考案し蔵書数を減らすこと無く耐震改修を実現した。
「千葉県農業会館」は松田平田設計事務所によって設計され、創建時「格調ある人間空間の構成に努めた」とあり、雑誌「新建築」に魅力あるモダニズム建築として掲載されている。耐震改修では水平性のデザインに調和するような外部フレーム補強とし、剛性と耐力確保のため1 層につき2 台の補強梁を配置している。補強梁はRC 庇から少し離し、補強柱は既存RC 庇を貫通させ水平力はその部分の支圧力で伝達する仕組みを作ることにより、創建時のデザインを継承している。
免震改修は建物を丸ごと残せる究極の構法であるが、建物外周部にクリアランスが必要になることから敷地環境による制約が多い。内藤多仲設計による庁舎建築である「新宿区役所本庁舎」は繁華街にあり、敷地境界線との間隔が300 ㎜しかないため一般の免震構造の採用は困難であった。この施工困難状態を免震位置の工夫、曳家・小変位免震システムなどの特殊技術を用い解決した。
阪神大震災以来、リーダーとして耐震改修の専門チームを率い、ちょっとした工夫をしながら、その建物に相応しい耐震改修の方法を世に出し続けてきた。これらの「魅せる補強」は学術論文や雑誌掲載、見学会や講習会を通じて発表を行い、社会に耐震対策の必要性を示してきた。耐震改修促進法が施行されて23年経てもなお、耐震性能が低い建物は多くあり、これからも後世に残すべき建物の耐震改修の参考となれば幸いである。
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写真上 |
早稲田大学2 号館(図書館)耐震改修
書棚となる鋼板補強構面 |
写真下 |
千葉県農業会館耐震改修
外部フレーム構造 |
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