ものづくりの原点

 
 この協会はJSCA(日本建築構造技術者協会)と言います。その名称が示すように、建築構造に関するいろいろな技術をもった専門家の集まりで、その中には建築構造設計に携わる人たちも大勢います。私も、つい最近まで構造設計をやっていました。
 ところで、あらためて辞書を繰ると、「設計」とは「土木や建築の工事、あるいは機械の製作などの計画を立て、図面その他の方式で明示すること」であると説明されています)。しかし、私たち構造設計者は、計画した内容を紙の上に描く(今では殆どの場合、プリンターで出力させる)ことをもって仕事が完了する、とは考えていません。計画した内容を具体的な姿になるように形づくっていく工事の間に、何度も現場を訪れ,正しく施工されているかどうかチェックをします。計画時に想定した通りの「もの」として、完成後も長くその役目を全うしてくれる建物にする為に、見えなくなる部分にも十分注意を払っておきたいからです。
 ある一つの「もの」を、もっとも性能よく、もっとも効率よく作り上げるために計画・設計し、実現していくには、実に幅の広いひとつながりの活動が必要です。
 それは、様々な分野にわたる専門家や組織、多種類の資材、それらを調達する資金、そして関連する技術などを動かして、目標の「もの」にまとめ上げていく活動です。
 この、ものづくりのための一連の活動を適切に表現する日本語を我々は持ち合わせていないため、「エンジニアリング」という言葉を導入しています。
 ここで、もう一度辞書の世話になると、「engineering」のもとである「engine」は、「ingenious(工夫に富んだ、精巧な)」から転じた言葉であって、古くは「道具、特に武器」を意味していたそうです)。
 道具の使用は火の使用と並んで、二足歩行を始めたヒトが、その祖先であるサルから決定的に分かれる大きな要因でした。そして、もっともingeniousな道具は武器でした。そうした武器を作り、使う者だけが他部族との戦いに勝って生き残ることが出来ましたし、猛獣から身を守ることもできたのでした。
 ですから、古い時代の「engine」には、その道具によって単にある目的を達成するという以上に、「何としてでも生きていくのだ」という強い意志、あるいは野心とか競争心が込められていたであろうと想像されます。
 因みに、イギリスで産業革命が起こる頃、水力や蒸気による発動機をengineと呼ぶようになったようです。
 また、かつてアメリカでは、engineeringという言葉は軍需的色彩が非常に濃く、国と国との競争である戦争が原子力エネルギーやENIACに始まるコンピューター、更には通信技術、レーダーなどを生み出す“エンジン”であったと言われます。
 現代のものづくりを目指すエンジニアリングは、社会のニーズや人々の夢に応えようとするエンジニアの心意気が原点であり、出発点です。
 「もの」を実現させることは「志」を実現させることであり、現場でのものづくりに設計者が最後まで関与してこそ、「もの」が「心のこもったもの」として完成するのです。
 安心して使える、快適で安全な建築を実現しようという構造設計者の「熱い志」を、発注者、建築設計者や工事関係者らとの共同作業を通じて貫き通すことで、構造設計という職能が社会に貢献できるのです。
辻井 剛(つじい つよし) JSCA副会長

※掲載された記事は執筆当時の法令・技術情報に準拠して執筆されています。ご留意ください。

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